有限会社ステラ 代表 入口ミツヱさん「味噌汁が嫌いだった私が」

入口 ミツヱさん

母が亡くなってから、わが家の食生活が変わりました。朝、みんなで食事することが、夜に変わったのです。たまに一人の時には、一人分のお味噌汁はなかなかつくらないので、みそまるのようなものができたら、とてもありがたいですね。母の味噌汁の中では、豚汁が好きでした。里芋が入っているもの、たまご入りなど、母が残してくれた味噌汁の味は、今も懐かしく…。母は30年以上前から、甘酒も自家製でつくっていました。そのおかげでしょうか、70歳を過ぎるまで、大病をしたことがありません。

実は小さい頃は、あまり味噌汁が好きではありませんでした。しかし、歳とともに今ではすっかり味噌派になってしまいました。今は、数年前に主人の実家から送ってくれた「徳地味噌」の独特の甘味にはまっています。
山口から取り寄せたり、日本橋の山口館で求めたりしています。私は「何年もの」より「一年もの」の味噌が好きです。

数年前までは、親しい友だち5、6人で集まっては、一人10キロ以上、計100キロくらいの味噌をつくっていました。有機栽培にこだわり、長野で栽培した大豆を、みんなですりこぎ棒で潰し、丸2日間くらいかけてつくっていました。今でも続けている仲間がいます。

味噌汁には、茄子やブロッコリーも入れますし、はんぺんも手軽で味が染みてとてもおいしいです。天婦羅にしたエビの殻で出汁を引いたり、シーズンによっては旬の筍や椎茸で楽しみます。昨年末、41歳になる次女に、あきらめかけていた孫娘が誕生しました。わが家の味噌汁の味を受け継いでくれるかと思うと、楽しみがまたひとつ増えました。

 有限会社ステラ 代表 入口ミツヱさん

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藤本智子

【MISODO(藤本智子)】株式会社ミソド代表取締役、一般社団法人みそまる普及委員会理事、月刊「ジャパン味噌プレス」編集長、みそソムリエ。アパレル販売員、読者モデル等を経て、2011年「ミソガール」として味噌の普及活動を開始。みそまる考案。ミラノ万博や伊勢志摩サミット等イベントやメディア出演を通し、味噌の魅力を伝えている(2019年MISODOに改名)。著書に『みそまる』(宝島社)、『みそまる 作りおきみそ汁83のレシピ&アイデア』(二見書房)、『手軽に作れて、キレイに効く! みそまる』(主婦と生活社)等。 ※WEB版に掲載している記事は、取材当時の情報です。現在と内容が変わっている可能性がございます。