大阪料理研究・上野修三先生に学ぶ「家庭の食卓こそが日本の未来。味噌は和食界の名優です」

日本料理界の重鎮の一人、大阪料理の研究家としてもあまりにも有名な上野修三先生。11 年前に現場を離れてからは、なにわ食文化の語り部として講演や執筆活動に勤しむ一方、「このままでは日本人の体質どころか、精神にも影響をおよぼしかねない」と食の乱れを危惧。「今こそ、一人ひとりが食について考える時」と立ち上がった。上野先生が情熱をかけて「次世代に伝たいこと」とは。

保存食(常備食)を上手に活用してほしい

一昨年、「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されました。世界で日本の料理が認められたのはうれしいことですが、実際はどうでしょう。いまどきは皆、仕事や趣味に忙しいからと、簡便性を求める食生活になってしまいがちですが、飽食をやめて、足るを知る食事と常識を変えれば、何も問題はありません。なんと言っても、日本人は「ごはんと味噌汁」が基本。それに漬物やちょっとした「保存食=常備食」があれば、十分に健康的な食生活を送ることができます。この「つくりおき」の習慣をつけることは、そんなに難しいことではありません。「お出汁」だって、つくりおきができるのです。それに、旬の食材を使い、愛情を込めてつくった「常備食」と、買ってきたお惣菜では、味の比較のしようもありません。家族の健康を守るお母さんはもちろん、独身の方もぜひ、自分の体を守る意味で、食生活をもう一度、見直してください。

 

家族の食卓が健全な未来をつくる

高名なシェフや料理人がつくる料理ではなく、食の基本はあくまでも「家庭の食卓」です。家族で食卓を囲むという習慣の中に、大切なものがすべて在るのです。要は、何をどう食べるかよりも、誰とどう食べるか、が大事。毎日の食事が、子どもの体になるのは当たり前。それ以上に、「心をつくること」を意識しなければなりません。「おふくろの味」といわれる「家庭の味」の継承もそうですが、その日の出来事などを話しながら囲む和やかな食卓の記憶、手料理を用意してくれたことへの感謝の気持ちなどが、知らず知らずのうちに、心と体に刻み込まれていくのだと思います。今の若い人たちにそれが伝えられていないのは、残念なこと。育てた我々世代の大人たちに責任があるのだと思います。高度成長期で、近代化や欧米化へのあこがれもありましたが、それ以上に、戦中戦後、苦労した時代に育ったために、「子どもに苦労をさせたくない」という親の愛情が裏目に出てしまったともいえるでしょう。家庭での労働や義務はなく、子どもに「自由」を与えすぎた結果が、今日の「おかしな世の中」につながってしまったのではないでしょうか。子孫に対して無責任すぎる行為だと思います。農耕をはじめ、日常の暮らしの中にあるさまざまな事柄は、先人たちの知恵や工夫によるものです。四季折々に旬の料理を味わうこと、行事や風習を体感することなどは、子どもの感性を育て、未来をつくります。今一度、大切なものを見直すべきではないでしょうか。

 

日本人特有の繊細な舌を取り戻すには

この40年、核家族化によって、伝統の家庭料理が受け継がれず、つくるにも買うにも手軽な欧風食に急激に変化しました。ハンバーグやスパゲッティーなどカタカナ料理の大半はしつこい味で、日本人の舌がぼやけてしまっています。せっかく日本人が持っている繊細な舌を取り戻すことが重要です。また現代では、生活スタイルや流通システムの都合で、化学調味料など人工的な味に慣れてしまったために、本当の味、本当のおいしさがわからない人が増えてしまっています。本物の味がする食材を手に入れようとすると、少々値が張ることも覚悟しなければなりません。でもこれまでのように、お腹いっぱいになるほど大量に食べる必要はなく、少量でよい。また旬の食材を使うことで、余すことなく、食材を使い尽くすことができる。さらに、さしすせその調味料を本物に変えることだけでも、味の違いが出てきます。正しい味覚を覚えさせること、健康な心と体をつくることを目的に考えたら、どちらがよいかは言うまでもありません。出汁をひいたり、下ごしらえするなど調理の手間を惜しまないことで、できるだけ加工食品を口にする機会を減らすことができますので、ぜひ心がけてください。

 

商店街へ足を運び魚をおろしてもらいましょう

一例ですが、魚屋さんに粋のいい旬の魚が並んでいても、調理の仕方がわからない人が大半ではないでしょうか。旬の食材は、味がいいだけでなく、その季節に必要な栄養価がたっぷり含まれています。料理にはそれぞれの下処理も必要ですから、そこはプロに任せたらどうでしょう。魚屋さんに「おいしい魚料理」を尋ねたり、「魚をおろしてほしい」と頼んだり。魚屋さんは「料理に熱心な人だなぁ」と感心し、快く応じてくれるに違いありません。そのためにも、商店街で買い物をすることをおすすめします。八百屋さんは野菜のプロ、魚屋さんは魚のプロ。ただで教えてくれるプロの技を学びましょう。

 

味噌汁だけではない味噌の食べ方

おべんちゃらを言うのは好みませんが、「味噌」ほど素晴らしい食品はないと思います。和食に味噌は欠かせない。つまり、日本人に味噌は欠かせない食品なのです。日本中にたくさんのいい味噌があります。冬には白味噌、春秋は合わせ味噌、夏は辛めの味噌というように、季節で使い分けることもできます。懐席料理の世界では必ず、漉し味噌や粒味噌ならではの料理も並びます。なすや大根など野菜はもちろん、肉や魚とも相性のいい味噌。またバターやチーズとも相性がよく、和食に限らず、洋食や中華など、さまざまな料理に加えることができるのも味噌の特徴です。家庭のおかずとしては、煮物や炒め物、焼き物、汁物どれにも味噌は欠かせません。たれやソース、隠し味はもちろん、野菜や肉・魚など味噌漬のおいしさも格別です。味噌汁はもちろん、ある時は田楽や酢味噌に、またある時は豆板醤に…。味噌は主役にも脇役にもなる「名優」といえるのではないでしょうか。

 

和魂洋才 新しい味を探求し続けること

「浪速割烹」と銘打って大阪料理にこだわり続けてきましたが、水の都大阪は物資と共に食材の宝庫。昔から「天下の台所」と言われ、「魚庭(大阪湾)」「菜庭(河内平野)」と書いて「なにわ」と呼ばれていました。かつては大阪が日本の玄関口だったこともあり、各国の食文化や職人とも呼べる料理人が大阪に集まっていたのです。そこで私が提唱している「和魂洋才」の考え方ですが、これは、日本人が伝統的な精神を忘れずに西洋の文化を学び、巧みに両者を調和させることです。時代は変化しますから、料理も「伝統」にこだわってばかりいてはダメ。決して、大人が子どもに媚びるとか、現代人の舌に合わせるということではなく、常に新しいメニューを研究し、生み出していく姿勢が大事だと思います。

 

 

【上野修三さんプロフィール】
1935 年大阪・河内長野市滝畑に生まれる。老舗の大阪料理仕出の店「川喜」で修行を始め、同店料理長を経て独立。法善寺横町に割烹「喜川」を、四天王寺に「天神坂上野」を営んでいたが、料理人は引退し、「喜川」を長男に託す。現在は、なにわ食文化の随筆家として執筆や講演活動に取り組む。「なにわ大阪 食べものがたり」(創元社)、「なにわ料理一代」(創元社)、「なにわ野菜 割烹指南」(クリエテ関西)など著書多数。

ABOUTこの記事をかいた人

藤本智子

藤本智子(ふじもとともこ) 1985 年生まれ、横浜市在住。アパレル販売員、読者モデル、ファッション雑貨店マネージャーを経て、2011 年ミソガールとして「365 日味噌活宣言」をし、みその普及啓蒙活動を開始。2012年「みそソムリエ」取得。2014 年「ジャパン味噌プレス」創刊。2015年「ミラノ国際博覧会日本館サポーター」「朱鷺米応援大使2015」(佐渡市)に就任。著書に『みそまる』(宝島社)、『みそまる 作りおきみそ汁83のレシピ&アイデア』(二見書房)、『手軽に作れて、キレイに効く! みそまる』(主婦と生活社)等がある。2016 年より「中央情報専門学校」非常勤講師。2016年10月株式会社ミソド設立、代表取締役。一般社団法人みそまる普及委員会 理事。