【味噌人】株式会社玉海力 代表取締役 河邉幸夫さん

河邉幸夫さん

\THE味噌人/

みそを愛し、みそ業界をリードする「ザ・味噌人」。
みそメーカーや関連企業、料理人など、
さまざまな業界の「ヒト」を取り上げます。

 

玉海力2

どすこい!おもてなしの味噌ちゃんこ鍋
株式会社玉海力 代表取締役 河邉幸夫さん

 

ちゃんこ料理店を多店舗展開する河邉幸夫さんは、
「玉海力」の名で知られる元力士。
14 歳で相撲界へ入門。24 歳で念願の幕内昇進、
29 歳で引退後、ちゃんこ料理店「玉海力」をオープン。
「ちゃんこ」とは、お相撲さんが食べる食事全般のことをいう。
会社経営の一方で2004年から2年間はPRIDEに参戦、
俳優にも挑戦するなど、
次々と新しい世界を広げる河邉社長のさらなる夢について伺った。
(聞き手/ ミソガール・藤本智子)

 

味噌ちゃんこ鍋味噌ちゃんこ鍋

 

◆◆◆力士になったきっかけは。◆◆◆

小学6 年生で180cm、100kg、足のサイズ29cm と、並外れた体格でしたので「相撲界で生きる道」が自然と開かれていました。当時はあり余る体力と負けん気でケンカに明け暮れていましたが、14 歳で入門した瞬間、力士の真剣勝負の世界に圧倒され「真面目にやるしかない」と。その日からはただひたすら強くなることだけを考え、稽古に明け暮れました。中卒力士としてはトントン拍子の出世をし、毎朝起きるたびに強くなっている実感がありました。

 

◆◆◆力士時代の苦労話があれば教えてください。◆◆◆

順調に力士として昇格するのと同時に、同世代が持てない多額のお小遣いも自由に使えるようになりました。稽古後の夜遊びも忙しくなり、睡眠時間や体のケアがおろそかになり、次第にケガをするようになってしまったのです。そんな中、私が20 歳の時、厳しい稽古で力士として育ててくれた親方が急死。そこからは心を入れ替え初心に戻り、一心不乱に稽古に励みました。「玉海力」へと名を変えての新しい土俵人生がスタート。24 歳で念願の幕内昇進を果たしました。

 

◆◆◆力士時代、「味噌」はどんな存在でしたか。◆◆◆

巡業で全国を旅しますが、東京で育った私には、九州の甘い麦味噌と中部地方の赤だし文化は衝撃でした(笑)。また力士たちの元気の源「力士味噌」(にんにく味噌)には何度助けられたことか! 力士にとっては「食べること」も仕事です。どんぶり飯5 杯も力士味噌さえあればおいしく食べられました。現在この力士味噌を再現した商品をお店で手づくりして販売しています。そして、なんといっても日常の「ちゃんこ鍋」といえば味噌が定番でしたので、味噌はなくてはならないものでした。

 

◆◆◆第二の人生にちゃんこ屋を選んだ理由はなぜですか。◆◆◆

29歳で引退後は不安いっぱいの第二の人生をスタート。ケガの治療で貯金も使い果たした上、相撲しか知らない私は何をしたらいいかと途方に暮れました。その頃家族ができたこともあり、とにかく生活のためと必死で模索し、修行時代に覚えた「ちゃんこ」を生かさない手はないと、「どすこい酒場 玉海力」オープンするに至りました。

 

◆◆◆「味噌ちゃんこ鍋」のおすすめポイントは。◆◆◆

玉海力のちゃんこ鍋は、昆布、どんこで前日より「一番だし」をとり、翌朝から時間をかけ、牛すじ、豚足、鶏がら、たくさんの野菜と愛情を込めて「だし」をとり、そこに17 種類の食材を盛り込みます。お相撲さんが普段食べている「ちゃんこ鍋」はメインとなる肉、魚は1 種類。好きなものばかり食べてしまうのを防ぐためですが、玉海力のちゃんこ鍋は、新鮮な食材がたっぷり入った風味豊かな味。温野菜で栄養もとれてヘルシーと女性客にも人気です。しょうゆ、塩、キムチ味もありますが、寒い冬は特に味噌味がおすすめです。

 

◆◆◆経営者としての理念は何ですか。◆◆◆

「関わるすべての人を幸せにする企業でありたい」。「厳しいことの中にこそ楽しさがある」と思うので、社員には厳しく、ふつう飲食店ではやらないような、たとえば月に一度、課題図書の感想文を提出させるといった取り組みも行っています。継続することで、社員はみるみる変わっていくし、それが店の活気につながっていると思います。経営者として利益を生むことだけでなく、社会の厳しさと同時に「生きる楽しさ」「人間としての在り方」を伝えることが社員に対する私の役目だと思っています。

 

◆◆◆今年の予定や夢について教えてください。◆◆◆

地域や人との関わりが希薄になっている日本の現状を見ていると心配になります。さらに、今の子どもたちは、挫折に慣れていないから、人間力が弱い。親は愛情がゆえ、過保護になり過ぎていると思います。これからは経営者であると同時に、「人材教育」という観点で勉強や実践を重ね、日本の未来づくりにも貢献していきたい。4 月からは産学連携で、IT の専門学校で授業を行うことも決まっています。伝えたいのは、古きよき「和のおもてなしの心」。未来を担う若者たちの力になれたらと思っています。

 

玉海力1玉海力1

 

玉海力3力士味噌

 

【プロフィール(かわべゆきお)】

1966 年東京生まれ。中学2 年で片男波部屋に入門。
1980年「玉桜」の四股名で初土俵を踏み、後に「玉海力」に改名。
1995 年に引退し(最高位幕内前頭八枚目)、
ちゃんこ料理店「どすこい酒場玉海力」を経営。
現在、都内3 店舗他、中国にも店舗展開。
青少年の健やかな育成をサポートする日本ビーチ相撲連盟代表理事長としても活躍。

 

どすこい酒場 玉海力広尾本店

東京都渋谷区広尾5-4-9 TEL03-3473-0407
武蔵小山店・銀座店・中国青島店・中国上海店も

 

Yukio Kawabe joined sumo at 14 and became a top-division wrestler at 24.
He retired from sumo at 29 and opened the chanko
(a kind of stew commonly eaten by sumo wrestlers)
restaurant “Tamakairiki,” which was his sumo name.
He places a high value on employee training
and offers “Miso Chankonabe” with the spirit of hospitality.

 

玉海力4

—–取材を終えて—–

時に厳しく、時にやさしく、仕事を通し「人間としての在り方」を伝えている河邉さん。
おいしい「味噌ちゃんこ鍋」の奥には、
日本の未来へも通じる熱い思いがあったことを知りました。
私も「味噌活」を通して人々の健康や幸せに貢献し、
若者の未来を応援できるような人間を目指したい。
河邉さんのように、自ら課題を与えつつ体当たりでチャレンジする人生、
見習いたいと思います。

 

〈INTERVIEWER〉
藤本智子 Tomoko Fujimoto
ジャパン味噌プレス編集長、ミソガール

 

ABOUTこの記事をかいた人

藤本智子

藤本智子(ふじもとともこ) 1985 年生まれ、横浜市在住。アパレル販売員、読者モデル、ファッション雑貨店マネージャーを経て、2011 年ミソガールとして「365 日味噌活宣言」をし、みその普及啓蒙活動を開始。2012年「みそソムリエ」取得。2014 年「ジャパン味噌プレス」創刊。2015年「ミラノ国際博覧会日本館サポーター」「朱鷺米応援大使2015」(佐渡市)に就任。著書に『みそまる』(宝島社)、『みそまる 作りおきみそ汁83のレシピ&アイデア』(二見書房)、『手軽に作れて、キレイに効く! みそまる』(主婦と生活社)等がある。2016 年より「中央情報専門学校」非常勤講師。2016年10月株式会社ミソド設立、代表取締役。一般社団法人みそまる普及委員会 理事。